代理上げ現パロ。
「ネジ兄さん…」
うっとりするような声が響いた。
聞き入っていると、返事がないことにややもどかしげな声がまた。
「ネジ兄さん♡」
熱っぽい目をしていた。
切なく眉を寄せて、それでも唇は微笑んで
「ヒナタね…ヒナタ、ネジ兄さんが好き…
いつもヒナタに優しくしてくれるネジ兄さんが好き。
たまーにかっこいいネジ兄さんが好き。
でも、
いちばんだいすきなのは…」
白い指が胸元のリボンを解いた。
ほんの少し引っ張る素振りで、光沢煌くリボンはセーラーの襟を滑り落ちていく。
微かな衣擦れの音と共に、その声はネジの耳をくすぐった。
『自分の妹に、ヨコシマな感情を持ってる、イケナイ、ネジ兄さん…』
ぱらぽらぱらぽらぱらぽらぱらぽらぱららんぱららららぱららんぱらららら
木琴に似た電子音で「子犬のワルツ」が流れる。
うたたねから覚めたネジは手探りで目覚まし時計を叩いた。
部屋に静寂が訪れる。
止めないほうがよかった、とネジは思った。
妹の目覚まし時計である。
妹に止めさせるべきだった。
実際あれだけうるさく鳴り続けても妹は起きない。
いや、いい加減目を覚ますはずだ。
妹はどんなに遅くても7時には起きる。
昨夜の夜更かしが響いてるとしても、そろそろ意識は覚醒するはず。
「・・・・・はぁ…。」
わざとらしく息をつけば、妹は眠たげに身じろいだ。
止めとばかりに、目覚まし時計から離した手を妹の背中に回す。
ちょうど枕でも抱きしめるように。
すると目論見どおり
「うーん…」
妹の寝顔に表情が点った。
じっくり観察したい気持ちを堪えて、ネジは目を瞑った。
「う…。う?
あれ…?ネジ兄さん。
え、ネジ兄さん…?
ええっ!えっ!えええええ??!なな、なんでネジ兄さんが???!!きゃああ!!!」
「うっるさいな…」
悲鳴を上げて飛び起きる妹の横で、さも寝ぼけたように呟いてベッドから体を起こした。
レースのキャミソールに超ミニの短パンその下には一切の下着をつけてないなどといった
美少女定番の寝姿ではなく、
初夏だというのに色気のない丸襟のトップスに七分パンツのパジャマ。
一分の隙もないその姿を、しかし妹は恥ずかしがって必死に毛布で隠している。
内心可愛さに悶えながらネジはしれっと言い放った。
「どれだけ起こしてやったと思ってるんだ?
何やっても起きないから…起きないどころか気持ちよさそうに寝てるから
思わず一緒になって寝てしまったじゃないか」
「な、何やってもってっなっに、ななにをしたのネジ兄さん!!」
「何をして欲しかったんだ…」
慌てる妹に呆れ顔でツッコむが、唇にキスしたり耳を食んだり胸をつついたりなどネジにはお約束の役得で、
今日はあまりにも寝姿が可愛かったからちゃっかり携帯カメラに収めさえした。誰にも見せるつもりはないが。
「もう食事はできてるからな。早く着替えて降りて来い」
ため息混じりに立ち上がって部屋を出ると、台所で妹のパンを焼いた。
朝日昇る住宅街を闊歩するだけで婦女子の注目を集める眉目秀麗なこの男の名は日向ネジ。
文武両道成績優秀精錬潔癖、学校きっての天才と名高いこの男が重度のシスコンであることは
その家人のみならず親しい友人ならば誰しも認めるところであるが、
「ネジ君!おはようございます!」
「『君』は要らんと言ってるだろう」
「遅いわよーネジ」
「ああ…妹を起こすのに手間取ってな」
「その妹ちゃんが通るわよ~一緒に行ってあげなくていいの~?」
「・・・・ヒナタ、ちょっと待て!」
「?あ、ネジ兄さん…とテンテンさん、リーさん、おはようございま」
「顔洗ったのか?何かついてるぞ、ハチミツじゃないのか?ほらやっぱり、…襟もおかしいぞ。
まったくヒナタはいつになっても…」
「や、は、恥ずかしいよネジ兄さん、もういいから…っ」
おかんの様に人目憚らず世話を焼くと見せかけてさりげなく周囲の男子を牽制する実は、
シスコン通り越して妹に恋し妹に欲情する危険な男15歳彼女いない暦15年継続中だった。
ヒナタが逃げるように同級生の群れに紛れ込むのを「やれやれ」と目で追うネジに
「行き過ぎたシスコンに渇を入れたいわ…」私にハリセンがあれば!と意気込むテンテン。
「そういえばネジ君、週末はヒナタさんと映画に行ったんですよね?どうだったんですか?」リーが問えば
「映画?」
映画といえば…
ネジは回想した。
本当は過激なアクション物が見たかった。
別にアクション物が好きなわけではない。
ショッキングシーンでヒナタの(椅子が揺れるほど)ビビるザマを観察するのが好きなだけだ。
怖がらせるならホラーが一番なのだが子供の頃そういう下心で無理やりホラーを見せたら本気で嫌われかけた。
(それでもネジの肩に顔を埋めて「もう終わった?まだ?もう終わり?」と聞いてくるヒナタはネジの第二次性徴を
10ヶ月は促進させた)
しかも今回はヒナタが見たがっていた映画を、同級生(男)に誘われたと言って
出かける直前にガミガミ叱ってキャンセルさせた穴埋めに自分が連れて行ってやったという経緯から
どうしてもヒナタ希望のファミリー映画を見なければならなかったのだ。
でもいい、映画の内容なんか。
劇場には家族連れよりアベックの方が断然多かった。
つまり男女一組で見に来てる自分たちも傍から見れば十分カップルに見えたかもしれない、いや見えたはずだ。
罪滅ぼしのつもりで菓子やグッズも買ってあげたらさらに「らしく」振舞えた。
その都度はにかんで、でも嬉しそうに「ありがと…」と受け取るヒナタはどうしようもなく可愛くて、
先週同級生からの誘いを(ヒナタが断れないなら俺が電話してやると脅して)断らせた時ちょっと泣かれた時の
罪悪感など消し飛んだものだ。
子供向けディ○ニー映画にも一応迫力のクライマックスとかお涙頂戴の感動シーンとか盛り込まれていて、
目を潤ませるヒナタの手を握って気遣ってあげたりなどは余裕でクリアできたし、
席を立って劇場を出る時にはまだ暗く足元が不安なのを理由に肩を抱くことだってできた。
「映画など何を好き好んでと思っていたが…映画館ってのも結構いいもんなんだな…」
「いや違うから。たぶんあんた劇場の魅力とかぜんぜん違うところで感動してるから!」
「いいなあ兄妹愛…僕は一人っ子なので憧れます!うらやましいです!」
「ってこれすでに兄妹愛じゃないと思うけど!!?!」
「ヒナタさんも、ネジ君とよくゲームで遊ぶって言ってました。仲がいいんですよ!」
「ゲームか…」
ゲームと言えば…
ネジは回想した。
リモコンを持って腕を振れば、画面の中のキャラクターが自分と同じように動くテニスゲーム。
ソファに二人並んでプレーするうち、ヒナタはつい熱中して立ち上がって実際にサーブモーションをとる。
自分はといえば、徐々にソファから床に座り、もっと低く座り、ほぼゴロ寝に近い姿勢でゲームを続けると
ヒナタの服によればそこらの盗撮写真など裸足で逃げ出す素晴らしい光景が目に入るのだ。
ヒナタは気付かない。見られていることに。
しかものんきな事に、ボールを打ち返すたびに出る
「はっ」とか「えいっ」なんていう掛け声が次第に
「あんっ」とか「やあん!」とかどう聞いてもオカズにしかならない音になってくる。
「そうだな、ゲームも、いいもんだな。実に。」
「…あんたのハナから見え隠れする鼻血になんとつっこんだらいいかわからないわ私…」
「まあ、兄妹だからな。ゲームくらい付き合ってやるのが兄貴ってものだろう」
「もういい…お風呂まで一緒に入ってるって聞いても驚かないわ」
「風呂…だと?」
風呂と言えば…
ネジは回想した。
「そうだな…風呂も、いや、さすがにそれはないだろう何言ってるんだテンテン。」
「ベッドも一緒とか」
「ベッド…?」
ベッドと言えば。
「年子の仲良し兄妹でも、さすがにそれはありませんよテンテン。
ネジくんの家はお金持ちですし!ベッドは一人ひとつ持っているのでは?」
「そういう問題じゃないわよ!!」
リーのズレ加減にテンテンはがっくり肩を落とした。
そしてネジは
「当たり前だ。中学生になってまで風呂も一緒寝るのも一緒なんて兄妹いるわけないだろう」
オレとヒナタ以外には。
と、うっかり口を滑らせそうな余裕っぷりにテンテンは顔を引きつらせると共に、
この男のシスコン武勇伝など今後一切聞きたくないと心底思った。