かつて永遠に奪われかけた姉をいつの間にか別の形で奪い去られてしまう滅茶苦茶を滅茶苦茶と呼べなくなる。
___「そっか…決まったんだ。」
『それ』を決める日を跨いで長期任務に出てしまった姉が、帰宅後も『それ』については微塵も触れず
風呂を出て夜食を作り始めてこのまま寝てしまいそうなので、痺れを切らしてハナビは『それ』を振った。
「誰になったのかな…」
「自分で確かめたら?」
イライラもあらわ、唸るように答えるとどうしてそんなに怒るのかわからないみたいにびくびくしながら
「は、はい…」
しかし姉には、自分の夫に誰がなるかよりおかゆの煮え加減の方が重要らしかった。
父も相手も一族のしきたりとやらも滅茶苦茶だがこの姉もかなり滅茶苦茶だ。
それでもそれを滅茶苦茶と感じる人間にハナビを育ててくれたのは姉である。
塀の外の尺度を正義としてきた姉を幸せにできる男が塀の中に居るはずない。
姉がいくら自分の未来に無関心でも、
いやだからこそ黙ってても幸せにしてくれるような、
異端とされた姉を解放してくれるような男でなければとハナビは思っていた。
例え二度と会えない遠い場所へ連れ去られたとしても
そんな相手になら喜んで姉を委ねるつもりでいたのに。
「よりによって!!よりによって!!!あんなワガママで因縁深くて、偏屈で怖くてオレの影を踏むな!!みたいなあんな男に!!」
「うーんオイラ昔のネジ兄ちゃん知らないからな…苦労人ってイメージしかないけどコレ」
「それはあなたに対してだけ!!私たち姉妹があの人にどれだけ辛酸舐めさせられたか…!!」
「し…辛酸舐めさせられたのは…経緯だけ聞くとネジ兄ちゃんもそれなりのような気が…」
「そ、…それは彼なりに苦労だってしたでしょうけど…!!」
優等生的な前置きをしてはみるが、木ノ葉丸の言葉もハナビにはネジが理由無き人望を集めてるようにしか聞こえない。
よほど外面が良いのか世渡りが上手いのか、彼を誉めそやす人々は騙されていると彼奴の真実の姿を知らないと、
そして柔順な姉は一族の決定に抗えず泣く泣くあの人非人に嫁ぐのだと。
そんな風に、ネジは姉に相応しくないと喚き散らしているのが自分ひとりという状況がさらに口惜しい。
さらに実際、二人が好一対のお雛様みたいに並んで微笑み合ったりしている姿は確かによく似合ってて、
己の孤独と持論の異常さ加減を思い知らされる。
だから今更「もういい加減あきらめ」たりなどできるわけがない。
あいつの地位と名声を没落させるためなら何だってしてやるのに!と顔を上げたその時、窓の外にアレを発見した。
「―――猿!!」
「はっ?!猿?!」
全然関係ない話をしていた木ノ葉丸は意味を掴みかねて思わずキョロキョロ見回す。
「逃げた!!行きますよ木ノ葉丸!!」
「あっお、おい…っ!!」
言うが早いかハナビはベランダから外に飛び出した。
___ チャーミーグ○ーン ___
正直鍛錬は一人でしたい主義なので、大名の御曹司にもれなくくっついてくる母親のようなヒナタの勢いに半分あきれてたら
視角に不慣れなせいか足の長さが違うせいか、倒木を乗り越えきれずに転びそうになった。
自分の後ろを歩いてたはずのヒナタが肩から胸から支えてくれて転ばずに済んだのはいいが、その後ずっと
ヒナタに手を引かれて歩く羽目になったネジはせめてここが街中でなかったことを幸いと思うことで自我を保った。
これが妹じゃなく弟だったら、ヒナタの接し方も少しは違ったのだろうか。
姉婿をいびりたくなるハナビの事と次第もわからんでもない。
そうだもしもこのままハナビとヒナタが結婚なんてことになれば、
思いつく限りの嫌がらせ意地悪あら探しの限りを尽くしてやろう。妹という特権を最大限に以下略。
そう思い至ったところで道脇の樹梢から肩へと片手の子猿が飛び乗った。
次の瞬間、〔白色電光戦闘日向〕ネジに50メートル後方へ引き摺られる。
「ネジ兄さん?!」
驚くヒナタにハナビは適当に挨拶しながら、首根っこを握り潰そうとしていた手を同じ強さで胸倉に移動させた。
「なんで手なんかつないで歩いてんですか!!!」
今にも絞め殺さん勢いでドスをきかせるハナビに
「そうか…オレもおかしいとは思ったが、ハナビらしくしなければと思う余り」
言われるままに手をつながれてしまった。と悪びれもしないネジ。
「13才にもなって手なんかつないでたまるかーーー!!!」
「あんな姉の下でよく健全に育ってくれたな」
「あ、あんな姉でも私の姉です侮辱するのはやめてください!言いつけますよ?!」
「言いつけてみろよ。甘ったれが」
「おかしいと思いながら黙って手ぇつながれてた人に言われたくありません!」
「黙って甘んじてきたのはお前の方だ。それを恥じる良識があるならいつでも断ってやるぞ」
「こ、断るって…」
「もっと早くにお前がするべきだった事だ。手なんかつながれたくない自分で歩かせろと言ってやる」
「いい言ってみたらいいでしょ?!姉上が泣いても知りませんからね!!」
ちなみに終始ヒソヒソ声である。
変に偉ぶるハナビ(中身ネジ)と駄々っ子のようなネジ(中身ハナビ)のやりとりを木陰で眺める木ノ葉丸、
何やら真剣そうな二人には申し訳ないが耳から鼻水吹きそうになるほど笑いを禁じえなかった。
震える木ノ葉丸に声をかけていいのか、そしてハナビとネジの内緒話に関与すべきかと
うろたえ迷うヒナタに、ネジがくるりと振り向いて言い放った。
「姉上、私はもう子供じゃありません。手なんかつながれたくない。自分で歩かせてください。」
「ちょっと!!もっとましな言い方…」
またヒソヒソガミガミ出てくる声は、目をぱちくりさせて驚いたヒナタの、その後のくすくす笑いに消された。
ネジがハナビをたしなめたと思ったのだろうか、何だか照れくさそうに妹を見つめて、
「ごめんなさい。そうだよね。」
小さな声で、でも肝に銘じるように
「今がもしかしたら、あなたと手をつないで歩く最後になるかもしれない。と…」
そう思っていました。
笑みを浮かべながらも辛さ零れてか決別を覚悟したような声色で、事実今がその時と告げた。
この人はハナビがこう言い出すのを、ハナビ以上に、恐れながら望んでいたのかもしれない。
それは当事者以外にはちょっと仲がいい兄弟姉妹ならどこのご家庭でも見る成長の証であり、
正直そこまで重々しく言うことだろうかとネジにもはなはだ疑問で
言われた(わけじゃなく後ろで聞いてた)ハナビが酷い裏切りにあったような虚脱ぶりで呆然としてるのも、
木ノ葉丸にも喜劇にしか映らなかったわけだが。
「やっぱりハナビ…」
木ノ葉丸はこの困った後輩に、やっぱり言ってやるべきだと思う。
お前は姉ちゃんが嫁に行くのが寂しいあまり分別を失ってるだけだと。
そして、
___「私、ハナビちゃんのお姉ちゃんだから。」
ハナビの姉でいることに粉骨砕身尽くしてきたヒナタを、ハナビから奪い取るなんて誰にもできはしないんだと。